来月号の「月刊名刺入れ」の特集で私とnakayama君の対談が掲載されます。
一足先に内容の抜粋と、撮影でボツになった写真を掲載します。

--Nakayma君から見てレベルの高いクリエイターになるための条件ってある?ん〜〜どうなんでしょうね、例えばグラフィックデザイン(webも広義な意味で含まれている)
の分野で言えば門戸は広いから、やりたい人はPCとアプリケーションさえあれば
「私、デザイナーです!!」って言えばその日からデザイナーなんですけどね(笑)
でもワンランク上って条件だとものすごく狭義になっちゃうと思うんですよね。
センスがあるとか、確かにそういうものもあるんですけど、長年見ていると
クリエイターになりたい、と思う時点でなんらかのそういった感性的なものが優れている
人は多いと思うんですけど。
--その狭義ってところで今の率直な意見をもらいたいね。そうですね・・・一定のセンスや社会性、多角的に物事を見れる、努力をする、
そういった最低限の条件を満たしたという前提で言えば
今の僕が考えるワンランク上のクリエイターの条件は大きく言って2つです。
「クリエイティブを通して死を感じることができる人」
「プロフェッショナルとは何か、を自問自答できる人」
ですね。
--分かり易く説明してもらっていい?仕事って色々ありますよね、ルーチンワーク的なものや能動的に
行動して実践するもの、その中でもクリエイティブワークっていうのはとてつも無く
過酷な労働だと思います、精神的にも体力的にも(遠い目で)
それが、結果何かの模倣であっても本人はゼロから何かを生み出そうとしているわけですから
特に出産という産みの苦しみと幸せをしらない男に限って言えばそんなに不可思議で辛い行為はないですよ。(苦笑)
そんな中で生活や誇りを賭けて戦わなきゃいけないのがクリエイターです。
逆にそれがスポイルされている、一見デザインやクリエイションが素晴らしそうな人は
長期スパンで見るとクリエイターというよりかはアーティストに向いているかもしれません。
我々クリエイターは一つのコンセプト、グラフィック、コピー、ヴィジュアル、それらが
一つでも、一度でも、「駄目だなコイツ」という烙印が押されれば勝負に負けてしまいます。
それで死ぬことはありませんが幾度の敗北の延長線上には物理的な本当の死が
待っているのです、多くの人がそのことに気づいていませんが。
--多くのクリエイターはやりがいや生き甲斐を感じてやっていると思うし、ネガティブすぎるのでは?人間っていうのは本当のピンチにならないと本性が見えないと思うんです、
藤原さんもご存じだと思うんですけど、僕は7回転職していまして、そのうちの2社は
デザインの部門が潰れて廃業したような状況でした。
そういう、ある日いきなり丸裸にされたときに自分にどれだけのスキルがあるか、
もうそれ以外に生命線は無いわけです。
僕はそういった中でも明日死んでも後悔しないくらいに仕事をしてましたし勉強しました。
良く「24時間仕事をしろ!」って言う人居ますけど、僕は少ない睡眠時間の間も常に
夢で仕事に追い回されましたよ、「ビクっ!!」て夜中に飛び起きたり(笑)
それって一度の勝負でも負けたら死んでしまう、って思ってたから、
本当に生き死にを感じてやっていました。
でも端から見たら「あいつ、いつも楽しそうだな」って思われていたかも知れません、
ヘラヘラ笑ってばかりだったし。でも笑いって人間が恐怖を表現する感情の一種らしいですからね。
常に死の影におびえていましたし、事実、命がかかっていたので自分の実力以上の力が
発揮できていたのだと思います。それを自覚していない人は高いところを目指さない方が良いと思う、他にも仕事はいっぱいありますし。
--なるほど、死を感じることもその人の感性なんだろうね。普通デザインやってて「死ぬ」なんて絶対考えないだろうし。まぁ人間追い込まれると、予想以上の能力を発揮することがあるので、それを恒常的に
だすことが出来る人、そんな人はレベルの高いクリエイターになれるんでしょうね。
こんな事言うと誰もなりたくないと思うけど。

--じゃあもう一つの「プロフェッショナルとは何か、を自問自答できる人」ってのは?これは僕にとっても永遠の課題なんですけど、なんでここで挙げたかった言うと
最近読んだ書籍に僕の「プロってなんだろ?」という疑問に対してある程度明確な
指針を表現していたものがあったんです。
実は漫画なんですけど(笑)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%83%E5%A4%A2読み切りのお話しで、脇役の女の子のお話があって、戦乱の中カメラマンになろうと
する少女の話だったんです。
彼女は貧しい中で、やっとカメラを手に入れ、必死で生き抜こうとするんですけど
なかなか周りに認められない、そんな中で自分の存在意義や生き抜く方法を
模索するわけです、、、
後は本編を読んでいただければ分かると思うのですが、そこで書かれていたのです、
「プロとは?」という僕の長きにわたる課題の答えに近いものが。
傷つき、悩み、苦しむ彼女に助言を授けた老人の一説です。
「信じるものが無ければ自分を信じればいい」
「自分が情けなくて信じるに値しなければ自分の仕事を信じれるようになればいい、
そうした人間だけが本当のプロになっていく」
「そして、本当のプロとは自分の居場所を自分で作り上げれる人間のことだ」正直今でも完全に理解できてないんですけど、でもそういう正体の分からない
“ゴロ”っとした大事な塊の存在は身近に感じるし、この文章を本屋で
立ち読みしたときに身震いがしました、この漫画を描いている漫画家(クリエイター)も
同じようなことを考え、その答えに至り、掲載したのでしょう。
それはスゴイ勇気ですし、賞賛に値します。
僕はたまたまそれを本屋で見て、自分の疑問に対する答えに近いものを見つけました。
でも意識をしていなければ、ただの漫画のいち台詞にすぎませんよね、
何故気づいたかというと、それを常に意識し考えていたからです、
プロフェッショナルについて理解をしたいと本当に願っていたからです。
そして今の自分と照らし合わせた訳です、「自分の居場所は?」ってね
物理的にも相対的にも僕は自分の居場所を少しづつ作れている気がします
それで言えば仲間と会社に感謝ってことですね、生かされていると思いますよ、マジで。
--なるほど、使う言葉はその状況やテンションによって
理解や誤解を生むけど今の話は僕には共感できたかな、まぁ実情は厳しいってことで(笑)長々とすいません、まぁまとめさせてもらえば、
クリエイターだろうがなんだろうが、何かを賭けて生きている人には
勇気が必要なんでしょう、これは必須です!!!